2014年5月12日月曜日

わたしを離さないで



きのう友人と観てきた。初の蜷川!3幕、3時間45分。

舞台を日本に持ってきたのに最初少し戸惑ったけれど、登場人物の名前や海老名や柏崎などの地名からぐっと現実味が増していい効果を出していたと思う。日本の高校のような制服を着てたわいもないおしゃべりに興じ、校庭で戯れている姿が、根本的な欠落を感じさせて胸が詰まった。

原作でも感じていた淡々としたストーリー展開の中にある不穏な空気は、舞台でも流れ続けていて、終わったときには肩が凝るほどの緊張を感じた。

3幕目のクライマックスで一気に持っていかれて、思わず涙。
遅ればせながら、映画も観たい!


2014年5月1日木曜日

演じること

こないだ友だちと話してて思い出したこと。

小学2~4年生の頃、
幼なじみの女の子と脚本を書いて、
演じてカセットテープに録音することにハマっていた。
あのとき動画が撮れてたら、
衣装とか舞台装置にもっと凝っていたと思うな。

カセットテープには音しか残らないから、
自分たちのイメージにより近づけるために音を作った。
水の流れるのを小石で表現したり。
ちょっとした演劇ユニットだったなぁ。

小学校では人形劇クラブに所属。
自分の演じる人形を自分で作るところから。

後に映画製作にちょびっと関わるのも、
文楽にハマるのも、
今舞台芸術に心が向くのも、
こういう時期があったからかなぁとおもう。

レース鳩 知られざるアスリート




本は読んでいるのだけど、なかなかブログ書くまでに至らず、
久々の投稿です。

知らなかったこんな世界!
鳩レースなるものは知っていたけど、
実際に飼っている人がいることとか、
鳩に対してこんなにも情熱を抱いているなんて。

図書館で新刊のコーナーを眺めていて、
なんとなく手にとったら、なんだかすごい世界が広がっておりました。

「はじめに」からいきなり熱い!
-----(引用)-----
ペットの入門書のコーナーで、レース鳩の飼育入門書を探してみたところ、鳩の本は全くのゼロ、1冊も置いていなかったのです。ところが同じコーナーに、多くの動物に混じって何と「虎の飼い方」なる本が置いてあるではありませんか。これは何と悲しいことでしょう。
---------------------
という具合です。

犬と人間は昔から友だち、と言いますが、
鳩も負けず劣らず身近な存在だったようです。
ノアの方舟にも出てくる通り帰巣性を活かした通信手段、
つまり伝書鳩として飼われていました。
そして18世紀には新聞社や商用通信、
家畜の精液輸送(!)まで多岐に渡って利用!
ロイター通信や共同通信社でも活躍!
戦時中はスパイのように敵陣地の写真撮影に利用!

そんなに重要な任務を仰せつかっていたとは知りませんでした。

この本の面白さは、普段見慣れない単語が満載だという点。
・鳩舎
・愛鳩家
・ベルギー鳩界
・軍用鳩
・FCI(国際愛鳩連盟)
・スポーツ鳩
・放鳩
・放鳩委員と競翔委員
・放鳩車
・配偶鳩
・競翔家
・社団法人日本鳩レース協会
・日本伝書鳩協会
・種鳩
・強豪鳩舎

........。

もう頭の中が鳩だらけです。
レースの場所や種目、参加方法も様々。
よい鳩の見分け方、血統、鳩舎の作り方、鳩の育て方も載ってます。
鳩界の巨匠の名言もあります。

おわりにはこの言葉でしめくくり。
----(引用)------
環境が許さないなら仕方ありません。もしそれ以外の事情で鳩レースに向かない人がいるとしたら、それは犬猫の飼育でも一流にはなれない人です。
さああなたも勇気を奮って一歩を踏み出してください。
--------------------

...奥が深いです、鳩レース。



「能楽妄想ナイト」というイベントで、荻窪の六次元に行ってきました。
 「能面祭り~面(おもて)の裏話~」。
観世流シテ方能楽師さんの解説で、掛け合いしながらおもしろ可笑しく。
能面に見る縄文系/弥生系という変わった角度からの考察、
実際の面を鑑賞しながら、使われ方などを聴いて、
最後はみんなで謡をやって〆。
若い女性がたくさん来ていて、会場内は超満員。立ち見の人も出るくらい。
終わってからも、世阿弥の親子の物語、
海外公演のことなど話は尽きず。
戦前までは会社員が仕事の後に観に来るとか、
たしなみとしてお稽古に通うような庶民の芸能だったとか、
そんな話も面白かったー
般若というのは、怒りではなく、内に押し込めていた
悲しみや嫉妬の感情が耐えきれずに表に出てきてしまったものだとか。
面の表と裏。
実は裏というのは、面の内側のことではなく、
付けている人間の顔のことを言うそう。
能面は、表の表情もあるけれど、それを遣う裏の表情によっても全然違うんだとか。


知れば知るほど、能の世界ってほんと深遠。。

能楽師さんたちは、自分たちが日々感動しながら演じていて、
その感動を一人でも多くの人に届けたいという思いで舞台に立つんだそうです。
観阿弥、世阿弥やその他この600年の間に
能楽を受け継いできた人たちと繋がる瞬間を味わいながら、謡い舞っているそう。




来月は能楽鑑賞教室を11人の団体で観に行きます。

そのときに今回仕入れたTips披露できたら楽しいかな〜






2014年3月24日月曜日

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踏団 “KONTAKTHOF”


鑑賞メモ: — 場所: 彩の国さいたま芸術劇場 Saitama Arts Theater

どんな感情ももっていていい。
無防備さを表すことを恐れないでいい。
受け容れられない悲しみも。
輪や列にいるときの帰属の欲求、高揚もあれば、
はみ出したとき、とまどい不安になり、時に怒りをおぼえるのは当然なのだ。

ダンサーたちは個人としている。
だれかを演じたりしていない、そこがこのダンスカンパニーのCreationの意味。
持ち寄って組み合わせてできる作品は、一見無秩序のようで繰り返しでてくるモチーフや、シチュエーションがある。

奇抜さ、アクロバティックであることは手段。
観客がより自由にイメージできるように。
より信じ込みから解き放たれるように。

どのダンサーもわたしである。
ひとりきりと思っている一方で、そうではないことも知っている。
泣いている女に寄り添うシーンに自分を重ねる。

男と女は、
あなたとわたしは、
その関係性はくるくると変わる
唯一無二の相手を探しながら
死ぬまでずっと躍り続ける。
「なぜあなたでなければならないか?」

少なくともこの舞台の間は
ダンサーにあなたを重ねて。
重ねていいのよ
あなたの感情を
あなたの理想を
あなたの快楽を
あなたの絶望を

日常のなかで
いつか思い出して
このような時間を共にしたことを
 

-----

ダンサーたち、身長も年齢も幅が広いことに驚く。
一人ひとりが「自分」として居る感じが伝わってくる。
他の舞踏を観たことがあまりないけれど、
振り付けといっても、その人がもともと持っていたものが
引き出されていることが確かに「分かる」。

1人ずつ母語で話すシーンがあったが、
それがなくてもDiversity & Inclusionが
とても大切にされているコミュニティ(ファミリー)だと感じる。
それでいて、ヴッパタールはドイツだから、
みんな(たぶん)ドイツ語も話せる。

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ちなみに、こんなアンケートが入ってた-----------------------

・ピナ・バウシュ作品のどこに惹かれますか?キーワードでお答えください。

・ヴッパタール舞踏団のどういう点がユニークだと思いますか?

・今回、ピナ・バウシュ作品を見ようと思った理由は何ですか?


・今日の公演に何を期待していらっしゃいますか?


・ピナ・バウシュの作品についてご存知のことを記してください

・作品を観てどんな印象を受けましたか?キーワードを3つ挙げてください


・何が、あなたの記憶に残り続けると思いますか?


・この作品の中に、日本ではありえないと思われる感覚や美意識、


人間関係はありましたか?あったとすればそれはどのようなものでしたか?


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問いの立て方は面白い・・・でも、わたしならアンケートにはしないな。


ほんとうに知りたいなら、やっぱり「場」をつくる。

そっちの方がよっぽど面白いものが出るから。


"Wir haben so viele Pläne, ich kann also nur hoffen, es trägt uns so weiter. Aber es geht so schnell vorbei, ich habe viele Frühlinge gesehen, ja, und noch viele werde ich sehen. (たくさん計画があるの、だからこのまま続けていければいいと思う。でも時間はすぐ過ぎてしまう。これまでたくさんの春を見てきたわ、そう、これからもまだたくさん見られると思う)" -Pina Bausch

2014年3月20日木曜日

"Pina Bausch" by Anne Linsel




今週末にピナ・バウシュのヴッパタール舞踏団の
「KONTAKTHOF」を観に行く。
その前にどうしてもアップしておきたかったこの記事。

東京ドイツ文化センターでのドキュメンタリーフィルムの上映。
ピナやダンサーへのインタビューと、
いくつかの作品の断片で構成されている。


ピナ・バウシュのドキュメンタリーフィルムを観た。懐かしのゲーテ・インスティテュートのホールにて。

ピナは語る。
「感情と音楽がある」「一人ひとりのダンサーがもっているものを作品にする(creation)」「イメージがオープンだから多様な感想がもてる」「自分がどんな時代にいるのかを知り、自分を通してそれを表現する」「表現できるよう、安心を大切にしている」ここでもVulnerabilityがテーマ。

ダンサーたちは語る。
「ピナは厳しいが限界をつくっているわけではない」「ピナの前では何をやってもいい。何をやっても受け入れられる。信頼がある」「雇用関係ではなく恋愛関係」「まるで大きな家族のよう」「一人ひとりを愛してくれていた」組織、かくありたいわたし。

愛する人について語るときに、それまでの作品について語るときとはうってかわって、緩んで少女のような表情になるピナが美しかった。「わたしは自分の身の回りのことになるとほんと無頓着でダメなのよ。彼がいてくれるから作品に没頭できる」

"kennenlernen(知り合う)"という単語が何度も出て来た。
ヴッパタール舞踏団の"KONTKTHOF"は今週末。観客には何が問いかけられるのだろう。

わたしとダンサーたちとのkennenlernen、楽しみ。


わたしのマチオモイ帖@ミッドタウン(東京)



最近、展覧会と舞台芸術に関心が強くて、
行くとまた新しくフライヤーをもらってくるので、
チェックして...という循環になっています。

きっと生きる上でアートが必要な時期なんだと思います。
アートやカルチャーがなくても生きて行ける人もいるけれど、
わたしはそれが途切れるとしんどくなってくるみたい。
今は、ややむさぼるように欲しています。

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マチオモイ帖は、日本全国のデザイナー、写真家、イラストレーター、映像作家、コピーライター、編集者などのクリエイターが、自分にとって大切な町、ふるさとの町、学生時代を過ごした町や、今暮らす町など、日本各地に眠る無数の価値を、それぞれの思いと共に小冊子や映像にして紹介するものです。そして多くの人たちの人や地域や社会に対しての思いと重なり合い、ゆるやかであたたかい共感の輪が広がり続けています。”
http://machiomoi.net/

フロアいっぱいに広げられた「帖」の数々。
こんなにもたくさんあるとはおもっていませんでした。
そもそもここでは、行政区分における町ではなく、
地区や字や集落や◯◯駅周辺も含んだ、とても広い意味のマチなのです。

そこへの「わたし」と「マチ」の関係を綴り、写し、思い出を閉じ込める。
これはやはり「帖」という形態でなくてはならなかったのだろうなぁと、
バリエーション豊かな装幀に触れながら思いました。
ブックデザインの世界には限界はない!

まちを愛する気持ちで、つくる人もかかわる人も見に来る人も
みんながつながっている感じがあって、
心がほくほくする時間でした。

日本は平坦で平準化、標準化されている、
なんて誰が言ったのか。

見知らぬマチの中に、自分のマチを見つける。
かつて暮らしたマチ、
今暮らしているマチ、
訪れたことのあるマチを、
わたしではない誰かが、愛をもってパッケージしている。
人生の記憶を辿ったり、
自分のルーツを探ったり。
それは、ほんわか愛だったり、ねっとり愛だったり、
深度も奥行きも様々。

思い思いの場所に座り、手に取っている人に、
聞いてみたくなりました。
「なぜその帖を手にとったのですか?」
「あなたには、そのマチにどんなエピソードがありますか?」
......。
やっぱり、テーマの下に人が集まっているとき、
わたしはそこにinteractionを起こしたくなるんだな。


5歳ぐらいの女の子がたたたーっと駆けて来て、
「わぁ、これつくった人、みんなすごいな」と言っていました。
ほんと、そうだな。みんなすごい。

ブルーノ・ムナーリのファンタジア


増山たづ子の写真展が強烈に心をとらえてしまったので、
その後行った、これも「クレマチスの丘」にあるヴァンジ彫刻庭園美術館の
「ブルーノ・ムナーリのファンタジア」の記憶が薄め...。

ブルーノ・ムナーリは、イタリア語をかじったことがある人なら
イタリア文化にちょっと触れたことのある人なら必ず知っているアーティスト、
ではないかと勝手に思っているがどうだろう。

絵画、彫刻、絵本、装幀、遊具、
グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、
などの多彩、多才さにあらためて敬意を。
遊び心を邪魔されないまま大人になるとこうなるのかなぁ。

どんな人もこんな風に自由に表現することが
許されている環境で育ちたいし、
その中で能力を発揮していける社会になったらいいのに、
なんて、ちょっとビッグなことを思ってしまった。




「ALFABETIERE(アルファベット)」の本を買いました。
「A」をコラージュで表現したり、
「A」からはじまる単語で詩を書いてみたりしている。
音読してみるとこのリズムが楽しい。
いい買い物しました。
この本が売っていたNOHARAという本屋さんもセレクションが素敵。
オンラインショップもあるようです。

増山たづ子 すべて写真になる日まで


静岡県は三島の「クレマチス丘」という
美術館などが集まっているエリアに遠足に行って来ました。

IZU PHOTO MUSEUMで開催中の
「増山たづ子 すべて写真になる日まで」を観たくて。

ダムで水没する前の村を
ひとりのおばあちゃんがこつこつと撮り続けたもの。
約10万カットのネガと600冊のアルバムから
ピックアップされた写真群は圧巻でした。
それでもごくごく一部。

仲良しの村が、賛成派と反対派に分かれて
少しずつ解体されていく様は、
原発の避難区域の村の話と重なって。
岐阜の山中は、父の実家の辺りの感じがとても似ていて、
失われていく絆の意味がより判って、
胸に迫るものがありました。

たづ子さん自身は、1987年の廃村後は岐阜市に住まいを写し、
2006年に88歳で亡くなるまで村に通って写真を撮り続けます。
2008年にダムはようやく完成。

1957年にダム計画が持ち上がってから完成まで50年以上......。
村民たちはずっとずっと「蛇の生殺し状態で生きてきた」と。
一枚一枚の写真の後ろには、彼女自身の手でキャプションが書かれていました。

写真を撮ることで村人同士の絆を、取り戻そうとしていました。
いつか無くなってしまう風景を、永遠に封じ込めようとしていました。

美しい自然も
心あたたまる風習も
愛ある教育も
人の心も
家族の絆も
ダムによって永遠に失われてしまった。
戦争で家族を失った人がたくさんいたのに、さらにダムで。
もちろん小さな集落だから、もし今も残っていたとしてもおそらく限界集落。
自然に消滅していったかもしれない。
でも確かにあった人の営みに想いを馳せること。
この膨大な記録を前に、そうせずにはいられない。

一緒に行った友だちが、
幹線道路をひくために実家が立ち退きにあって、
やっぱり20年以上も「いつか無くなる風景」を見る気持ちで生きてきた
と言って泣いていました。

「仕方ない」という回答がほしいわけではない。

ただ、悼みたい。共に。
この写真を撮った人と。
この写真に撮られた人と。
この写真を観た人と。

2014年3月13日木曜日

写真であそぶ 植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ



酔っぱらっていたわけではないのに、
なぜか二枚ともブレている写真...

東京で大好きな美術館のひとつ。
東京都写真美術館にて、
植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ の「二人展」

the joy of photography
撮ることが好きで好きでたまらないという
2人の写真家を対比させた贅沢な写真展。
ありそでない!!こんな企画うれしい〜

ラルティーグは2回目、
植田正治は3回目の展覧会になる。
どちらも図版を購入するぐらい好きな写真家。

忘れたくない一瞬を留めようと
ひたすらシャッターを押し続けたというラルティーグ。
構図することにこだわり続けた植田。
2人を突き動かし続けたのは、ピュアな遊び心。

境遇も題材も全然違う2人を並べるこの試みは、面白かった。
順路を進めるうちに見えて来る、違いや共通点。

ラルティーグの世界は優雅で親しい人びとと共有する喜びの時間。
生活感がある。
今のこの楽しさやワクワクを
永遠に閉じ込めたいという思いでいっぱいで、
ピンぼけでもブレても、むしろそれが味になっている。
撮っている間よりも、撮った後の会話音がしてくるような写真。
「おい、見ろよ。このスザンヌのへっぴり腰!
 あのときはほんとに可笑しかったよ!」
...例えばこんな具合に。

植田の方は、写真を撮っている最中の、
被写体との会話音。
「ねぇ、おとうさん。まだ〜?」
「もう少し右腕をあげてもらえませんか?そうあと1cm」...とか。
植田は、面白くて神経質なおじさんの印象。
ストイックな構図。
「その時」は逃さず切り取る眼光の鋭さ、
また「その時」という偶然さえも味方につける力を感じる。

都会の子と田舎の子。
植田の撮るものは、写されるのを待っているように見える。
ラルティーグは、瞬間であってなぜ動くものを撮らなかったのだろう。
8mmはあったはず。

ラルティーグがカメラを向けるともう「構図しちゃっている」。
アンリ・カルティエ=ブレッソンみたいに。

ふたりに共通しているのは、
水辺の写真が多いこと。
モノクロの陰影を楽しむところ。

一緒に行った友人と、感想を交わすのも楽しかった。
そう、やっぱりこうやって、
感じたことを生で渡し合うこと。
美術館にぜったいあったらいい機能。
その実現のためにわたしに何ができるだろう。

植田正治のつくりかた



少し前に、東京ステーションギャラリーで
「植田正治のつくりかた」を観てきました。

その時のメモ書きをもとに、
感じたことを書こうと思いましたが、
どれが引用なのか、どれが自分の感覚なのか、
もはやわからなくなってきました。。

でも、せっかくメモをとったので、
とりあえず書いていたことをダラダラと並べてみました。

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植田の写真展を観るのはこれで2回目。
大学生の頃に、鳥取出身の同級生がいて、
彼女から教えてもらった。

写真することがとても楽しい
写真こそ生きている証
撮りたいものしか撮らない、撮れない

ただ印画紙上に
レンズを通して「描く」ことに執念
写真に対する精神的燃焼度は、
昔とちっとも変わっていない。

誰でもカメラを求めてまず最初に選ぶのは
ポートレートではないか。
植田にとっても記念写真的なのは、
正面を向いたポーズした写真だった。

ブレッソンや木村伊兵衛のように
「あっ」と思ったらもう撮っているのとは少し違う
彼独特の間を感じる

彼にしかないユーモア
被写体との間の距離感
フレーミングに対してのこだわり

絵のモデルのようにポーズを撮った被写体を
シャープでモダンな構成で撮る。

演出をほどこすことが多いが、
「田園人の素朴さをあらわすのに、
直立不動のポーズ、更には生真面目な無表情がよい」
とも言っている。


風景でも人でも静物画のように
線の行き交わせ、
行き交いを遊ぶ。
直線や曲線の出会いを遊んでいる。

そんなふうに、植田の写真には対比の面白さがある。
人と人
人と動物
人とモノ
近景と遠景
黒と白
老人と若者
親と子
前向きと後ろ向き
着衣と裸体
日本と外国

フレーミングのために、
「フレーミングの四角を紙に描いては、
その中に人物を置き、右へ寄せたり、左へ寄せたりした」と述べている。

人物は計算づくで砂丘に置かれた、風景の一部なのだ。

植田の写真は、モノクロームが美しいのだが、
そのコントラストの分だけ、
実物の色が美しいことは想像に難くない。

この展覧会で初めて植田のカラー写真を目にした。
20代ごろ、奥さんと思われる美しい女性と
自転車の二人乗りをしているところ。

黄色というよりも濃いオレンジ色の砂、
コバルトブルーの空、
ウルトラマリンの海。
「地球を離れた別の世界」のよう。

この美しさをカラーで写さないことは、
相当な葛藤があったと思われるのだが、
実際のところどうだったのだろう。

1972年の初めての海外旅行で西欧を撮った写真に、
新たな興奮が追加されているように感じた。
海外どころか、ほとんど山陰地方を出ることがなかった植田。

1974年の「模倣の美学」という文の中で、
「過去の偉大な作品に影響を受け、発展していくもの。
模倣は恥ずかしい響きを持っているように思われるが、
模倣でも亜流でも、
栄養になるものなら
いささかのためらいものなく
貪欲に吸収する」
というようなことを述べている。

1990-2000年の晩年まで静物にこだわりを見せる。
この時期の作品を観るのは初めて。
植田正治のイメージを覆すような作品群。
花弁のクローズアップ写真は、
ジョージア・オキーフか、
ロバート・メイプルソープを彷彿とさせる。

真昼の夢。
どの写真の中にも、
こどものわたしがいるようである。
こどものわたしが集めた美しい風景のかけらや、
わたしの中にある美しさへの希求が形になったようである。
ゆえに、植田の写真を観ることは、
わたしの小さな幸せのひとつである。

そしてほどよい静けさが心地良いステーションギャラリーから一歩出ると、
そこは、いつものセントラルステーション・東京駅の喧噪...

そうか、思いだした。
あれは、年末。
帰省ラッシュの真っただ中だったのだ。

2014年3月12日水曜日

世紀の日本画




「世紀の日本画」鑑賞。
「何言ってんの!いろんなテーマや表現方法があるんだからね!」
あと、漫画って日本画から生まれてるよなぁと思ったりもした。
小茂田青樹の「虫魚画巻」の蜘蛛の巣の緻密さには震えた。
美術館のことで最近いろいろ考えてることのひとつに、

美術館のことで最近いろいろ考えてることのひとつに、
わたしがしたいのは、

わたしがしたいのは、

東京都美術館の落ち着いたエントランスが好き。

日本画って
「目の前にあるものを緻密か朦朧のどっちかのタッチで表現した絵」
っていう勝手な思い込みが自分にあったわぁ。

と叱られたような気持ちになった会ですた。
無知ですみません。

日本画並みに背景描き込みしてる漫画家いるし、
そこの境目はけっこう曖昧、と勝手に思ってる。

滋賀県立近代美術館所蔵のもちらほらあって、うれしかった。

速水御舟の「比叡山」に「山は青いものだよね」と思っていた自分を発見。
岩崎英遠の「道産子追憶之巻」はもうモネの睡蓮並みに圧巻。
日本画、スバラシ!!

説の限界がある。
教養があることを前提としてることが多い。
美術史とか、アーティストとか。
知りたいのはもっと素朴なことで、
それが満たされたらアートへの関心は一気に高まる(はず)。
それはイヤホンガイドでは補えない(だいたいなぜそれは有料なの?)。
図版でも足りない。
アートやカルチャーと人との間や、
アートに触れた人と人との間にinteractionを産み出すこと。

「日本画が、たんなる絵画の技術ではなく、
精神的な内容をもった表現手段であるという強い思いが、
院展芸術を支える柱のひとつである」
という解説があったのだけど、

だとしたら、

観た人が受け取った「精神的なもの」を目に見える形で分かち合いたい、
という欲求がわたしにはある。

2014年3月10日月曜日

銀座LIXILブックギャラリー


LIXILギャラリーの横にある書店、
LIXILブックギャラリーにも行って来ました。

こちらは、前々から訪れたいと思っていた書店です。
近くまで行ったり、前を通ることはよくあったのですが、
ようやく中に入ることができました。

建築、住まい、生活、暮らし、
デザイン、表現、
旅、地域、まち、文化......。
LIXILという企業があつかう幅広い事業分野と絡めながら、
「ココ!」というツボを押さえた書架づくりがされていて、
アート&カルチャー好きにはたまらない書店です。

「ここからここまでは、この分野」
という無粋な分類はせず、
エントランスから入って、ごく自然な流れで
ゆるやかにテーマが移行してゆく感じが心地よく、
「あれも読みたい!これも読みたい!」
「あれは何だろう?」
「わぁ、この世界知らない〜!」
という感動をレジまで持ってゆくことができます。

本日連れて帰る本たちは、
「たのしいロゴづくり(ピー・エヌ・エヌ新社)」
「中谷宇吉郎の森羅万象帖(LIXIL BOOKLET)」

わたしは、ロゴ、がタイポグラフィ好きです。
そして、LIXIL BOOKLET(旧INAX BOOKLET)も
以前から大好きなシリーズです。
一冊一冊の装幀、レイアウト、デザインの
凝りようがハンパありません。
どちらも読むのが楽しみです。

レイアウトの黄金法則


わたしはデザイナーでもなんでもありませんが、
仕事やら活動やらでフライヤーをつくることや、
Webページを作ることがあります。
そういうときに一番悩むのがレイアウト。

伝えたい人に
伝えたいことが
伝わるような、
そういうデザインが難しいのです。

特に伝えたいことが絞れたあとのレイアウト。

そんなことをぶつぶつ考えながら、
何気なく立ち寄った書店でこの雑誌を見つけたので、迷わず購入。

結局は、既に世にあるもので、
自分が「良い、好きだ、心地よい」
と思うデザインをお手本にしていくことが
一番の近道のようです。
そのトレーニング方法も書かれていて、
わたしのような素人にはとても役に立ちます。

指南本はたくさん出ていますが、
これは説明が簡潔でわかりやすく、
長年にわたってわたしの教科書になるような予感。

ブルーノ・タウトの工芸‐ニッポンに遺したデザイン‐ 展




銀座のLIXILギャラリーでは、
ブルーノ・タウトの工芸作品を展示中。

Bruno Taut
1880年ドイツに生まれ、1938年58歳トルコにて没。
表現主義の建築家としてのイメージの方が強かったけれども、
ナチス政権下のドイツから逃れての来日中3年半は建築することは叶わず、
工芸品製作指導の人だったと初めて知る。
群馬の高崎にて、人の感性を満足させる
優れた工芸を大衆に提供する新しい工芸運動に携わる。

「日本だからこそ身につけている
極めて精巧な技倆(ぎりょう)に正しい道を示したい」

「高い質は全世界に対して価値を持つ」

そんなタウトに見出されたモノたちからは、
「日常で使うものにこそ美しさを」
そんなメッセージを感じる。

ドイツ時代に設計した集合住宅(WohnungからReihenhausまで)の外観、
工芸品の美しすぎるデッサン、
絵手紙のはしりのような、掛け軸に墨と筆で書かれた手紙......。

どれも色とラインの美しさがたまらない。

2014年5月24日(土)まで。入場無料!

http://www1.lixil.co.jp/gallery/exhibition/detail/d_002591.html



2014年2月24日月曜日

国民の映画




パルコ劇場40周年記念公演
パルコ・プロデュース公演

国民の映画

公演日程
2014年2月8日 (土) ~2014年3月9日 (日) 
作・演出
三谷幸喜
出演
小日向文世 段田安則 渡辺徹 吉田羊
シルビア・グラブ 新妻聖子 今井朋彦 小林隆
平岳大 秋元才加 小林勝也 風間杜夫
1940年代のドイツ・ベルリンを舞台に、宣伝大臣ゲッベルズと映画人たちとの間で繰り広げられる人間ドラマ。
芸術と権力の狭間で葛藤する人々の群像劇を三谷幸喜が描いた傑作が、熱いコールに応えて再演決定!
2012年、数々の演劇賞に輝いた三谷幸喜の「国民の映画」が、パルコ劇場40周年のラストを飾ります!
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(観劇の印象、走り書き)


生で見る三谷幸喜の群像劇、素晴らしかった!
群像劇は、芝居では初めて観る。
映画ではロバート・アルトマンが好き。

全体をまるごと捉えつつ、細部にまで目を凝らしていると、
一人ひとりのまるで違うストーリーが展開されているのに気づく。
作り込みがハンパない。
舞台と客席がひと続きのような感覚にもゾクゾクした。

底に流れる狂気に満ちた不穏な気配と、
絶妙のタイミングで差し挟まれる笑いと悲哀。

突如投げ込まれる小さいけど波紋の大きな石から
一気にクライマックスへ連れて行かれる快感。

ヒムラーやゲーリング、レニの存在感もたまらんかった。

善と悪とに切り分けられない徹底的なピュアさ。

娯楽や嗜好品、一見可愛らしいものの中に、
そっと差し挟まれている誰かの悪意、プロパガンダ。
それに気づかないフリはもうできない。

CAVA-サバ-’s BARBER 〜その床屋を待たせた客〜




きょうはこちらの観劇に。最近なぜだか舞台芸術に惹かれる。
「CAVA-サバ-’s BARBER 〜その床屋を待たせた客〜」


 CAVA <サバ> Speak Without Words(FB)
http://www.cava-mime.com/(HP)
というマイム(=無声劇?)をベースにした
パフォーマンス・ユニットのステージ。
マイムへのイメージが完全に覆された。
ストーリーのある舞踏というのか。

もっと見てみたい!!
もっと心揺さぶられたい〜!

バレエやタンゴを組み合わせた舞踏、
コントのような笑い(もちろん無声)、
落語の扇子のように使われる最低限の小道具たち、
何を拾って何を捨てるのか?
円形のステージを活かしきった場面展開と演出、
円形という囲み( )の中で起こる息もつかせぬ出来事の数々、
永久凍結された、過ぎ去りし日の熱い想いが何度もループする、
バンドネオンのむせび泣きに絡み付くピアノとベース、
これは想像なのか現実なのか?...

なぜ二人は別れたのか?なぜ元サヤなのか?
そもそも全てが幻想なのか?
人生はいろんな見方、切り取り方ができるんだよ、
愛があると思えば愛があるし、ないと思えばない、という深い示唆?