2014年2月24日月曜日

国民の映画




パルコ劇場40周年記念公演
パルコ・プロデュース公演

国民の映画

公演日程
2014年2月8日 (土) ~2014年3月9日 (日) 
作・演出
三谷幸喜
出演
小日向文世 段田安則 渡辺徹 吉田羊
シルビア・グラブ 新妻聖子 今井朋彦 小林隆
平岳大 秋元才加 小林勝也 風間杜夫
1940年代のドイツ・ベルリンを舞台に、宣伝大臣ゲッベルズと映画人たちとの間で繰り広げられる人間ドラマ。
芸術と権力の狭間で葛藤する人々の群像劇を三谷幸喜が描いた傑作が、熱いコールに応えて再演決定!
2012年、数々の演劇賞に輝いた三谷幸喜の「国民の映画」が、パルコ劇場40周年のラストを飾ります!
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(観劇の印象、走り書き)


生で見る三谷幸喜の群像劇、素晴らしかった!
群像劇は、芝居では初めて観る。
映画ではロバート・アルトマンが好き。

全体をまるごと捉えつつ、細部にまで目を凝らしていると、
一人ひとりのまるで違うストーリーが展開されているのに気づく。
作り込みがハンパない。
舞台と客席がひと続きのような感覚にもゾクゾクした。

底に流れる狂気に満ちた不穏な気配と、
絶妙のタイミングで差し挟まれる笑いと悲哀。

突如投げ込まれる小さいけど波紋の大きな石から
一気にクライマックスへ連れて行かれる快感。

ヒムラーやゲーリング、レニの存在感もたまらんかった。

善と悪とに切り分けられない徹底的なピュアさ。

娯楽や嗜好品、一見可愛らしいものの中に、
そっと差し挟まれている誰かの悪意、プロパガンダ。
それに気づかないフリはもうできない。

CAVA-サバ-’s BARBER 〜その床屋を待たせた客〜




きょうはこちらの観劇に。最近なぜだか舞台芸術に惹かれる。
「CAVA-サバ-’s BARBER 〜その床屋を待たせた客〜」


 CAVA <サバ> Speak Without Words(FB)
http://www.cava-mime.com/(HP)
というマイム(=無声劇?)をベースにした
パフォーマンス・ユニットのステージ。
マイムへのイメージが完全に覆された。
ストーリーのある舞踏というのか。

もっと見てみたい!!
もっと心揺さぶられたい〜!

バレエやタンゴを組み合わせた舞踏、
コントのような笑い(もちろん無声)、
落語の扇子のように使われる最低限の小道具たち、
何を拾って何を捨てるのか?
円形のステージを活かしきった場面展開と演出、
円形という囲み( )の中で起こる息もつかせぬ出来事の数々、
永久凍結された、過ぎ去りし日の熱い想いが何度もループする、
バンドネオンのむせび泣きに絡み付くピアノとベース、
これは想像なのか現実なのか?...

なぜ二人は別れたのか?なぜ元サヤなのか?
そもそも全てが幻想なのか?
人生はいろんな見方、切り取り方ができるんだよ、
愛があると思えば愛があるし、ないと思えばない、という深い示唆?

2014年2月16日日曜日

vulnerabilityをとらえる〜NVCワークショップより


NVC(Non-Violent Communication)
というコミュニケーション・スキルについて、
ここ3年ほど、とぎれとぎれですが、学んでいます。

きのうは英語でNVCを学ぶワークショップに参加。
久しぶりの英語オンリーの環境に四苦八苦しながらも
なんとか言葉をたぐり寄せ、紡ぎ...
でも最後の方は疲れて日本語になってしまった ^^; 

もともとアメリカが起源のNVC。
そのコンセプトをなんとか原語で把握したいと思って参加しました。
無謀と知りつつ、受け入れてくださったメンバーには、ほんと感謝!

きのうのテーマは「vulnerability(脆弱さ)
脆くて弱い。英語でもネガティブに捉えられている言葉。
でも、NVCではvulnerabilityは
弱みではなく、強みであり、
それを心で感じることは重要なスキルだととらえている。



・どんなときにvulnerabilityを感じるか?

・vulnerabilityを隠すために、
 こどものころに身につけたマスク(persona)がある。
 それはなんのために必要だったのか?

・自分はどんなpersonaをもっているか?

・マスクをはずした自分はどんなneedsをもっている?

・マスクをつけているときに満たしたかったneeds/満たされなかったneedsは?


たくさんの問いが投げかけられました。
1対1のセッションパートナーとの間にもたくさんの気づきが生まれ、
途中で感情が泉のように湧きました。

自分のvulnerabilityを意識することで、
vulnerableな自分を誰に対してどんなときに開示したいか、
選べるということなのかな......。

vulnerability も大切な自分の大切な一部であり、
そこにコネクトすることで気づくことは多い。
だから、vulnerable な自分を恥じる必要も、
否定する必要もない。
むしろそれはギフト。

まだわからないこの感じ、
もうしばらく味わっていたいな。
vulnerabilityのポジティブな面に
新しい形でコネクトできたことが、何よりの収穫でした。

...といったようなことをFacebookに投稿したところ、
こんなコメントをもらいました。
なるほど!です。

「vulnerabilityって脆弱性って訳されるけど、僕はこの訳は適切ではないと思っているですね。この単語は、弱さというより『外的な要因からの影響の受けやすさ』って意味だと思ってます。」


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【NVCについて】
http://www.nonviolentcommunication.com/index.htm

【日本での取り組み】
http://nvcworkshopsinjapan.blogspot.jp/2013/05/nvc.html